馬場さんのビボウロク

1億円くらい稼ぎたいブログ

ヤニマスにおける拒否反応と魅力の正体

最近ヤニマスと呼ばれるものがTwitterで話題になっている

 

シャニマスアイドル達が喫煙をしているイラストなどを総称してそう呼ぶそうだ

 

私が見た限りではヤニマスのイラストはなかなか反響が大きい

 

これらの作品に対し肯定的な反応がある一方で、否定的な意見も多く見られた 

(※私がヤニマスを好きか嫌いかはここで言及しない)

 

否定的な理由をまとめると「このアイドルはそんなことをしない」に尽きると思う

 

自分が好まないコンテンツを見つけた際には「それらから距離を取る」以上の対策はない(と私は思う)のだが、ここで疑問が生まれた

 

なぜヤニマスの拒否反応がこれほど大きいのだろうか?

 

SSや漫画において突拍子もない設定などいくらでも存在する

 

それらと比べてヤニマスは何が違うのだろうか?

 

私が思うにヤニマスにはifストーリーと片付けにくいリアリティがあるということ。

 

これが他と比べて拒否反応の大きさが異なっている要因であると私は考える

 

 

 

二次創作においてリアリティは重要な要素の一つになり得る

 

「口調も世界観も何もかもが違っていて、キャラクターの顔が同じだけ」

 

これだとリアリティは感じられない

 

「ああ実際にこんな事言ってそうだな」とはならないだろう。

 

勿論リアリティの度合いと作品の質は関係がない

 

カオスな世界観であっても魅力的な二次創作は数多く存在する

 

私が言いたいのは、ヤニマスの設定は「絶対にありえない」と言い難いという点で良くも悪くも刺激的であるということ。

 

読者にとって二次創作のリアリティは公式と照らし合わせた際の違和感で判断すると思う

 

例えばアイドルの日常を描いた二次創作を読んだ時、読者は公式が出しているコミュやマンガでのキャラクターの振る舞いなどを基準にリアリティを測っているはずだ(少なくとも違和感を感じた時は)

 

事務所での会話やレッスン、仕事での様子など、公式が供給しているものが多ければ多いほど判断材料は増えていくため、読者は自分なりであれ公式の提供した根拠(のようなもの)を用いてリアリティの有無や程度を判断できる

 

これに対してヤニマスはどうだろうか

 

当然ながらシャニマスの公式にはアイドルが喫煙をする描写は存在しない

 

しかし喫煙設定は「絶対にありえない」とも言えない

 

アイドルなどの芸能人にとって喫煙はイメージを損なう行為と捉えられる為、公にしない事が現実として多い

 

そのため、裏で喫煙をしていると言われれば反論の余地はない。

 

公式にはそれに反論できる材料が存在しない

 

そうである場合、ヤニマスはある人にとっては積み上げてきたアイドル像を崩壊させるコンテンツになり得る

 

(キャラクターの二面性が毒にも薬にもなり得るのは三峰結華や黛冬優子のPならご存知だろう)

 

R-18のものや世界観が崩壊している二次創作と違う点は

「判断する暇もなくリアリティが読み手に殴り込む」ところである

 

ifストーリーではなく、喫煙は裏設定としてありえてしまうだけの力がある

 

「ヤニマスが嫌なのになんでR-18はいいの?」

 

この答えはここにあると思う

 

これが魅力的に感じる人もいれば拒否反応を起こす人もいる

 

公式で描写されていない事がリアリティを逆に高めて、それ以降公式を楽しもうとしてもモヤモヤがまとわりつき、

 

こうした「これはあくまでも二次創作」と簡単に片付ける事が出来ない人が多いのは仕方のない事だと考える

 

最初に言ったように自衛手段はその作品と距離を取るくらいしかないと思う

 

「まあフィクションだしな!」とメタ的に考えるのもアリかもしれない

 

何か他に手段があれば是非教えてほしい

 

 

 

 

 

樋口円香のもぎたて♡にーちゅって何?

樋口円香の水着ポエムが話題になっている

f:id:ebisuzawa:20200722184257j:image

私は「もぎたて♡にーちゅ」という謎の文字列を解読すべく小さな脳みそをフル回転させた

 

もぎたて♡にーちゅ」とは…?

 

そしてそこに隠された樋口円香のメッセージとは…?

 

推理

前回のサンセットスカイパッセージでの一言は「スタッカート。これからよろしくね!」だった

f:id:ebisuzawa:20200722184251j:image

アイドルのテンプレコメントで無難に済ませようとする円香の意図が見える

 

それを踏まえると今回の水着衣装での一言を作る際に

「前回の一言が普通すぎるからアイドルらしくしてくれ」とプロデューサーに言われた可能性がある

 

そして「じゃあそれらしい一言にしておくか」と、円香のテンプレアイドル像を一言に反映させたという説

 

もしくは「♡」の文字を根拠に雛菜が代筆したのではないかという説もある

 

しかしどちらも推測の域を出ないため、これ以上深追いしても意味はないだろう

 

もぎたて♡にーちゅ」そのものの解読をする以外我々に道はない

 

ではもぎたてとはなんだろう?

 

もぎたてとは収穫したばかりであるという事

 

つまり「にーちゅ」は鮮度があるものを指しているのか?

 

それとも「もぎたて」のみでひとつの意味をなしているのか?

 

………

 

f:id:ebisuzawa:20200722191802j:image

煮詰まった私はGoogleを開き「もぎたて」で検索してみた

 

するとそこに表示されたのは

f:id:ebisuzawa:20200722175410j:image

「アサヒもぎたてSTRONG」

 

なんということでしょう

 

芹沢あさひというキャラクターが出た時点でアサヒグループとシャニマスの癒着は想像に難くないのだが……

 

もしかしたら、もしかするのかもしれない

 

樋口円香と飲み物

少し話を変えよう

 

f:id:ebisuzawa:20200722184612j:image

【283プロのヒナ】樋口円香 でのコミュの「溶ける言葉」というタイトル然り

シャニマスは飲み物を介して彼女を描くことが多い

 

SSR【カラカラカラ】 はその最たる例である

 

「ニガニガ」にて円香がプロデューサーに対して多少なり興味を示しているということをコーヒーを介して表現している

f:id:ebisuzawa:20200722180629j:image

ただ問題はそこではない

このカードの名前に注目して欲しい

 

そう、「カラカラカラ」である

 

カラカラから連想されるものは2つ

 

こどくポケモンカラカラと

f:id:ebisuzawa:20200722181131p:image

「アル中カラカラの人」、「ハイボールの人」ことwawawa氏である

f:id:ebisuzawa:20200722181201j:image

今回のカードで示しているのは明らかに後者である

 

そもそもポケモンの方のカラカラは

透明感から連想されるような「みずタイプ」や「ひこうタイプ」ではなく「じめんタイプ」であり、樋口円香とは対極と言ってもいい存在である

 

その一方でハイボールの人はその名の通りアルコールと縁が深い人物であり、業務用5Lの角瓶を愛用している。

ハイボールの入ったジョッキを鳴らす様子から

”アル中カラカラ”と名付けられたらしい

 

このように飲み物を介して人物が描かれているいう点で樋口円香とアル中カラカラには共通点がある

 

つまり樋口円香はアルコール飲料を含めた飲み物全般に馴染みがある存在として描かれているのだ

 

PR

話を戻そう

 

アサヒもぎたてSTRONGのページには以下の文言がある

f:id:ebisuzawa:20200722185020j:image

『“鮮度にこだわった果実感”と“飲みやすさ”がさらにUPし、澄み切った味わいを目指して「磨きウォッカ」を採用しました。』

 

円香の水着衣装の一言とノクチルのキャッチコピーを意識した箇所がみられる

 

極め付けはアサヒもぎたてSTRONG手摘み白桃味のキャッチコピーである

f:id:ebisuzawa:20200722183151j:image

「チューハイ界の手摘み系アイドル!」

 

白桃の色はノクチルの透明感と円香のイメージカラーとの両立がなされている。

 

これはアサヒグループが樋口円香を意識しているなによりの証である

 

ではなぜアサヒグループが彼女を意識しているのか?

その答えは単純である

 

アサヒグループが樋口円香に商品のPRを依頼したからだ

 

現在シャニマスはサマーアイドル2020というイベントを開催している

 

これはアイドルに夏の商品をPRする仕事をしてもらうというものだ。

 

このイベントは恐らく各アイドルがPRの仕事を勝ち取るべく戦うものだろう

流石に事務所単位でPRの仕事を頼む会社はないはずだ。

 

しかし手摘み白桃のPRの仕事は既に樋口円香に決まっていたのだろう

 

これは別に珍しいことではない

 

「薄桃色にこんがらがって」にて

大崎甘奈が『アプリコット』のシード枠としてオーディションへの出場を決めたが、既に甘奈の優勝は決まっている、という話があった。

 

シャニマスは現実でよく見かける社会の影の側面も躊躇なく描写することで有名である

 

出来レースがあってもなんらおかしくはない

 

サマーアイドル2020でPRする商品3つあり、最初に発表されたのは清涼飲料水。

 

ならばアサヒもぎたてSTRONGのPRの仕事が舞い込んでもなんら不思議ではない

 

結論

今回ポエムと評された円香の一言はアサヒもぎたてSTRONGのPR用のフレーズだったのだ。

 

ではなぜそれが水着衣装の一言で使われたのか?

 

その答えは単純で、樋口円香がPRの仕事から外されたからである

 

広告審査委員会が出している未成年者の飲酒防止に関する事項の中の広告・宣伝の際の留意事項にて

 

「未成年者を広告のモデルに使用しない。」と明記されている

 

未成年がお酒のPRをしてはいけないという事に後で気が付いたアサヒグループくんは慌てて円香をPRの仕事から外したのである

 

そして円香は考えたPRのフレーズを水着衣装の一言として再利用したのである

 

樋口はやさしいなあ

 

よってアサヒグループの広報とシャニマスのライターは樋口円香とアル中カラカラのファンである Q.E.D. 証明終了

天塵でのノクチルはアイドルユニットなのか

f:id:ebisuzawa:20200701184857j:image

※イベントコミュ「天塵」その他コミュのネタバレあり

 

 

 

ノクチルのイベントコミュ「天塵」がTwitterで話題になっている

 

シャニマスのコミュは今までのものも含めて癖があるが今回もなかなかのものだった

 

今回はコミュを見て思ったことを書き殴りしたので流し目で見てほしい

そもそもの話

 

ノクチルのメンバーがアイドルになった動機はバラバラだ

 

浅倉透はジャングルジムのてっぺんを登りたいから。

 

樋口円香は浅倉が心配で。

 

市川雛菜は浅倉を追って。

 

福丸小糸は3人と一緒にいたくて。

 

 

メンバー全員のアイドルになった理由にアイドルの魅力は存在しない

 

 

ノクチルとは浅倉が走り出し、樋口と雛菜が付いていき、小糸が3人を追いかけているユニットである

 

だからそもそもが他のユニットとは異質である

 

「あの」芹沢あさひでさえプロデューサーのスカウト経由でアイドルの道へ足を踏み入れた

 

すなわち彼女はアイドルに興味を持ち、アイドルになったのだ

 

ノクチルは違う

 

浅倉を追いかけていたらアイドルになっていた

 

ただそれだけである

 

彼女らにとってのノクチルは

「以前存在していた幼馴染4人の空間」となんら変わりはない

f:id:ebisuzawa:20200701152739p:image

彼女らにとってユニットとは車である

 

アイドルという「運転めんきょ」を持って

遠くの目的地へ向かう為の手段である

 

(ちなみに目的地は「わからない」)

 

今回のコミュの途中までは4人がそれぞれの車を運転している

 

天塵はノクチルという自分たちの、一つの車に4人が乗るようになった話である

 

いつも通りの

 

何か困難にぶち当たる→変化、成長→解決

 

「天塵」ではこのテンプレが当てはまらない 

 

 

今回のコミュでの困難は生放送での出来事だろう


f:id:ebisuzawa:20200701155805p:image

ありのままの友達の絆(童謡)を見せつけて見事に干されたノクチル。

アナ雪もびっくりである

 

しかし樋口や小糸はともかく浅倉と雛菜にとってはこれらを困難と捉えてはいない

f:id:ebisuzawa:20200701161355p:image

 

彼女たちの中には「理想のアイドル像がない」

 

ある意味ありのままの幼馴染4人の空間がノクチルの完成形であり、それ以上もそれ以下もない

f:id:ebisuzawa:20200701162938p:image

それをプロデューサーは「彼女たちは彼女たちである」と表現している

 

さて、ここでStraylight.run()での芹沢あさひの台詞を見てみよう

f:id:ebisuzawa:20200701163517p:image
f:id:ebisuzawa:20200701163533p:image

雛菜と浅倉に近い考えにも思えるが、決定的に違うのは

あさひにとっての「そのまま」とはあくまでも「アイドルとして」であること。

 

あさひはアイドルの高みを目指す為、より良いパフォーマンスを求めている

 

それに対してノクチルはユニットとしてもメンバー個人としても目標が不明瞭である

 

故にどちらへ進めばいいかが分からない

 

f:id:ebisuzawa:20200701171332p:image

 

そもそもアイドルにはまず「アイドルとしての自分」があり、それにユニットが続く形となっている

 

だからこそユニット間での衝突、不和、その後の成長があり、

ユニットの成長はアイドルとしての成長をも意味する

 

しかしノクチルの場合は話が変わってくる

 

まず幼馴染の集まりという完成形が前提として存在する

すなわちユニット間での人間関係が既に成熟しきっているということ

 

その一方でアイドルの集まり、すなわちファンにとってのノクチルというユニットはまだまだ発展途上である

 

これが「アイドルなめるなー」と言われる所以であろう
f:id:ebisuzawa:20200701173613p:image

ではこの大きすぎる隔たりをどのように解消すればいいのだろうか?

 

そもそも解消すべきなのか?

 

ノクチルの成長とは何か?

 

アイドルとは何か?

f:id:ebisuzawa:20200701173821j:image

わからん

 

 

スタートダッシュ

最終話では花火大会でのライブが行われた

 

観客は皆花火に夢中

 

f:id:ebisuzawa:20200701174140p:image

それに対して彼女らは特に気にすることもなくパフォーマンスを行う

 

f:id:ebisuzawa:20200701174821p:image 

f:id:ebisuzawa:20200701174135p:image

しかしパフォーマンスはメンバー、プロデューサー共に満足する程の完成度だったようだ

 

生放送では多くの人が見ている中でアイドルらしからぬ振る舞いを見せ

 

花火大会では誰も見ていない中でアイドルとしてのパフォーマンスをやり切った

 

f:id:ebisuzawa:20200701175755p:image

 

アイドルになった動機を再確認して

一つの車に4人が乗った

 

そこには変化も解決もない

 

f:id:ebisuzawa:20200701181602p:image
f:id:ebisuzawa:20200701181609p:image

冬優子があさひに伝えたように

ノクチルが皆から愛されずダメになるか否かはこれからの話

 

ノクチルにはまだ愛されなくなったり応援されなくなるほどのファン人数、知名度はない

 

今の彼女たちは足並みを揃えてただ登り続けるだけ

 

故にアイドルユニット「ノクチル」について意見を述べられる程の情報は今のところない

 

良くも悪くも今の彼女たちはまだ

「幼馴染の集まり」なのだから

 

さよなら、透明だった僕たち

 

さて、ここまでは昨日書いた殴り書き。

 

今度は少し視点を変えてみよう


上の見出しはノクチルのキャッチコピーである


僕というのは幼少期の浅倉透の一人称なので「僕たち」はおそらく浅倉視点のノクチルメンバーを指している


では透明だったとはどういう意味だろうか?


「誰もが人生早期において無邪気で純粋な存在である。

透明とは子どもの頃持ち合わせていた純粋さの事ではないか」


こう考える人もいるかと思う


しかし本当にそうだろうか?


透明感を売りにしているユニットメンバーが「私たちは純粋じゃないぜ!」と宣言するのだろうか?


かつて池や湖の透明度を測る時には水中に白い円盤状のものを沈め、その見えやすさで判断をしたらしい

 

透明とは向こう側がよく見えること

透明とは向こう側が理解できること


つまり二重の意味で「I see.」と言ってもいい

 

しかし透明そのものを見ることは出来ないし、理解もできない。少なくとも外側からは。


ノクチルは冬優子があさひに伝えた話以前の問題である

 

皆から愛されずダメになるか否かではなく、まず皆から認知されなくてはならない


それは即ち透明からの脱却である


輝きを放つためには透明じゃいられないはずだ


では「透明だったぼくたち」とはありのままの彼女たちの姿から変化する事を意味するのか?

 

それは違う

 

彼女たちは何も変わっていない

変わったのはアイドルユニットという不透明なものを得たこと


しかし、不透明ならば必ず皆が注目するわけではない


見られ、魅了され、愛されるためには輝かなければならない。


輝くために彼女たちがしたことと言えばアイドルの仕事をやる動機を再確認したこと、それだけだ

 

f:id:ebisuzawa:20200702185656p:image
行きたいから、行きたい

 

f:id:ebisuzawa:20200702185707p:image

いいんじゃない、無くても

 

つまりどんな仕事かは重要ではなく、みんなと一緒であることに意味があると結論付けた。

 

花火大会当日、案の定皆が花火に夢中でノクチルに見向きもしない

 

しかし色彩豊かに輝く花火に隠れた彼女たちのパフォーマンスは

 

人目を意識する人工的な花火の輝きと比べれば塵のように小さく淡かった

 

それでも確かにそこにはアイドルの輝きがあった。

 

チルアウト ノクチルカ


ノクチルは水のようなものだ

 

私たちの周りの空気中の水蒸気は目に見えない


しかし温度が下がることによって透明な水蒸気が小さな塵の周りに集まり、水滴や氷の結晶になる

 

時にはそれが雨になり、時には雪になり降り注ぐ

 

そしてそれらは自身の意思とは関係なく、時に輝きをも見せる

 

そしてそれらは最終的に「海」へと流れる

 

今回の花火vs天塵は花火の勝ちだった


不透明な塵は水に戻って海へ飛び込み、いつか再び「てっぺん」へ昇るだろう

 

海は終着点であり出発点でもあるのだから

 

おまけ ノクチルの柱

 

今のノクチルを通常のアイドルユニットとして描けないのには理由がある

 

それは市川雛菜の存在である

 

雛菜は自分がしあわせ~っと思うこと以外はしない

 

アイドルになったのは浅倉透が理由であり、アイドルそのものが自分にとって特別幸せというわけではない

 

だからアイドルのレッスンも求められる以上はしない

 

アイドルユニットとしての成長を描こうとすると、雛菜にとって楽しくない要素が出てくることは免れない

 

市川雛菜がアイドルに今以上の楽しさを見出さない限りノクチルは変わらない

 

 

そういう意味では雛菜がノクチルの柱であると言っても過言ではない

 

異論は受け付ける

 

賛否両論いいじゃない!(多田)

 

らあめん花月嵐について、お話しします

f:id:ebisuzawa:20200606141909j:image

 

フォロワーとっては周知の事実だろうが、私は花月が大好きである

 

Instagramの投稿の60%が花月

・「トッピングモヤシでお願いします」を言わなくても店長が察してくれる程度の常連客

花月を何回かハシゴしたことがある

 

このくらい書けば私の花月への愛が伝わっただろうか

f:id:ebisuzawa:20200629213502j:image

伝わったか伝わらなかったかは関係なく、これから花月との馴れ初めを書いていこうと思う

 

 

 

花月との出会いは高校を卒業してすぐのことだ

 

後輩の引退試合の観戦帰りに同期と寄った店が恐らく花月

 

ここで「恐らく」と評価しているのは当然ながら記憶が曖昧だからである

 

腰掛けたソファーの色、そこで食べた炒飯が妙に美味しかったこと、覚えているのはそれくらいだ

 

もしかしたらあれは日高屋だったかもしれない

 

だがそこはどうでもいい、重要なのはそこではない

 

恋の始まりなどそういうものだ

大事なのは恋心が芽生えた事とそこからの過程である

 

さて、ラブコメだとこの後にヒロインと偶然の再開を果たすのが定番だ

 

今回の場合もそれは当てはまる

 

それは大学の新歓でのこと

 

大学一年生の新歓は無料で晩飯をがっつくイベントとして有名だ

 

入る気がないサークルや部活であっても飯が豪華なら参加するのは新入生あるあるだろう(コロナのおかげで今年の新入生はよくわからないと思うけど)

f:id:ebisuzawa:20200629213544j:image

 

そんなわけで私も様々なサークルや部活を回った

 

そこで出会った体育会の先輩に連れて行かれたのが花月

 

「チェーン店のラーメンカァ」と若干落胆して席についた私だったが、数分後衝撃を受けた。

 

スープが美味すぎるのだ。

 

これを日本の至る所で食べられるというのか、と。

 

たしかに麺はそこらの店と大差ない

 

チェーン店だもの、そこは仕方がない

 

しかしスープにはチェーン店らしさが存在しない

 

あの独特の風味は今まで経験したことがなかった

 

おかげで先輩の勧誘も耳に入らなかった。ごめん先輩。

 

f:id:ebisuzawa:20200629213605j:image

さっきも言ったが麺は大したことない

チャーシューは薄い、すぐ崩れる、少ない

 

それでもスープだけで730円以上の価値がある

 

それに加えてトッピングのモヤシと壺ニラの組み合わせが最強だ

f:id:ebisuzawa:20200629213634p:image

モヤシの上に壺ニラをかけて頬張る

 

その後スープを流し込む

 

嗚呼これ以上ないほどの幸福。

 

 

モヤシは花月嵐公式アプリのトッピングクーポンを使えば無料で手に入る。

 

つまりスープ、モヤシ、壺ニラを730円で楽しめる店が「らあめん花月嵐」なのだ

 

このブログを見たあなた。

花月嵐公式アプリを入れたスマホと730円を片手に是非花月へ出向いて欲しい

 

「すいません、嵐げんこつらあめんでトッピングモヤシをお願いします」

 

これだけであなたは幸せになれる

 

交差点の赤信号

中学時代の担任は変人だった

 

例えば定期テスト(彼は社会科目担当だった)は単純な穴埋め問題ではなく

 

生徒同士の会話の一部に空欄を設けて「指定された語句を用いてそれらしい会話にしろ」とか、

単純に年号や名前の暗記では対処できないように手を加えるのが彼流のようだった

 

彼曰く「穴埋めにしてもいいけどそれだと君たちの為にならないでしょ?」ということらしい

 

当時のぼくはなんとなく納得していたが、単純に彼の趣味では?と今では思っている

 

定期テストが返却されると彼は口頭で答えを伝える

 

定期テストを返却された直後は教室内が騒がしくなるのは想像に難くない

 

しかし彼はそれを承知の上で声のボリュームを上げずに淡々と答えを述べる

 

それに気づいた生徒Aが静かにするよう周りに促し、徐々に彼の声が聞こえるようになる

といった流れがテンプレである

 

「皆さんが静かになるまで○分かかりました」ではなく

 

「皆さんが静かになるまでここまで答えを言いました」といった感じである

 

策士というか、ひねくれているというか。

 

まあその程度の教師であればそこら辺の学校にもいるかもしれない

 

しかし今でも彼のクセの強さは忘れられないのはなぜだろう

 

 

 

 

彼は学級委員会の担当?だった(なんと呼ぶのかは忘れた)

 

そのため3年間学級委員会に所属していた私は嫌でも他の生徒以上にその顔を拝むことになる

 

そんな彼と学級委員会に関する思い出は二つある

 

一つは私が塾を理由に学級委員会を欠席する旨を彼に伝えるように他の学級委員へ頼んだ事。

 

なぜこんな他愛もない出来事を覚えているかというと、この翌日に学級委員会の欠席を彼に咎められたからである

 

彼曰く「直接聞いていないから君は欠席である」とのことだった

 

そうか、俺は欠席だったのか!

 

と納得するはずもなく、ただただ驚愕だった

 

ここは会社かと。

 

「分からなくもないけどそこまで厳しいの?」と、微妙にモヤモヤしながら彼に謝罪した、したはずだ。(覚えていない)

 

ちなみに今でも「なんやねんあの人」と思っている

 

もう一つは学級委員会での彼の発言

 

どういった流れで彼がこの話を始めたのかは覚えていないが、内容はこうだ

 

「ぼくは赤信号でも周りに車が走っていなかったら渡るよ。だってなんかバカらしいじゃん」

 

ただただ驚愕だった

 

当時のピュアな中学生こと私にとって

教師とは生徒の模範であり、校則その他のルールを守るのは当然だと思っていた

(書いてて改めて思うけど当時の私、本当に純粋ですね)

 

そんな生徒の模範がサラッとルール違反を告白したのだ

 

しかしこの話には続きがあった

 

「だけど子供が近くにいたら車が走っていなくても渡らない、真似しちゃうから」

 

ちなみに当時の私の感想は「いやどんな時でも渡らなきゃいいんじゃないすか」だった

 

しかし今の私が思うのは

 

中学生相手に「ルールは絶対守ろう!」みたいな綺麗事ではなく、かといって完全に自分本位というわけではない話をする人だという彼への印象の変化である

 

ピュアな中学生の集まりなのだから

「学級委員だから生徒の手本になることをしなきゃね」とかそれっぽい事を言えば特に問題もなく話が進むはずである

 

それでも彼がこの話をした意図は

フワフワした言葉に惑わされている私たちへのメッセージなのか、

はたまた単なる彼なりのオーガニズムなのか、それは分からない

 

夜中の交差点で立ち止まるたびに、この話と彼の口のにおいを思い出す

 

ブラックコーヒーと加齢臭が絶妙なバランスだった

日経225とドル円について

日経225とドル円の今後の動きを考えてみました

 

f:id:ebisuzawa:20200619184820p:image

まずは日経225

 

コロナからの立ち直りがエグいですね

 

最低先週の高値付近すなわち23200まで上昇してレンジを形成するか

 

上に抜けて23900まで向かうかなと思っています

 

日足でEMA200の押し目を作ったのはでかいです

 

ひとまずどこまで上昇するかを静観するのがベターかと

 

f:id:ebisuzawa:20200619185242p:image

続いてドル円

 

大きな下落後にジワジワと戻してきましたが高値を切り下げてきているので再び下落することを視野に入れています

 

f:id:ebisuzawa:20200619185520p:image

 

ショートを入れるならこんな感じでエントリーします

 

106円をしっかりと割るかは下がってみないとわからないので若干上で利確することがおススメ

 

もし今の地点から急騰をしてヒゲを付けてきたら売っていこうと思っています

 

エントリーしてからドル円がしっかり上昇してきたら早めに損切りしましょう

 

上に抜けるとEMA75(神谷奈緒の色)までは上昇しそうですから。

 

もし今エントリーするなら106.8円くらいで利確した方がいいと思います。(追記)

ぼくの人生の1つの転換点

ある日、大学にて盗難が起きました(自分のものではありません)

 

ロッカーの鍵を閉めなかったor暗証番号がゾロ目だったという事が原因だったようです

 

こうした背景から大学ではたまーに盗難についてのアナウンスがあります

 

それを聞いた時の友人の反応が印象的で、今でもたまに思い出します

 

「盗難とかありえないよな、普通そんなことやらんでしょ。やる奴の気持ちが分からないよ。」

 

ごくごく当たり前の反応でしょうが、私には「普通そんなことやらない」という言い回しが引っかかりました

 

なぜなら、かつての自分もこうした「アタリマエ」に支配されていたからです

 

 

小中学校時代の私の学校生活を簡単に説明すると、アニメで出てくるような委員長キャラみたいなものでした。

 

近所の人にはキチンと挨拶をしたり、学級委員を3年間続けたり、校則を守るように生徒に注意したり…

 

学校生活だけ見ればコッテコテの堅物キャラでした

 

(だからといって勉強ができたわけでもなく、家では基本漫画かゲーム。アニメ、ゲームは人並み以上にやっていました。)

 

こうした委員長キャラは家族の影響が大きいです

 

挨拶などの基本的な礼儀に関しては母親にうるさく言われて育ってきました(これについては今でも感謝しています)

 

そのため、近所の人に会ったら考えるより先に挨拶。

 

この時やらなきゃ失礼とか、世間体が〜とか、そういったことは全く考えていません

 

自分にとってはアタリマエの対応だったわけです

 

当然同じようにうるさく言われていた姉も同様でした

 

姉については名実共に委員長キャラ

 

私と同様に3年間学級委員をしたり、生徒会長になったりと

 

当時の肩書は自分と同じようなものです

 

それに加えて学業は普通にトップクラス

 

中学校に入って初めての定期試験で9教科の総失点が10点くらいだったのは今でも草が生えます

 

その一方で運動はまっっっっっったくできません

 

馬跳びが出来ないくらい。

 

ステ振りが極端なんすよね、彼女は。

 

 

あ、先ほど私と同様に〜と書きましたが

私が姉の真似をしていると言った方が正確ですね

 

まあ私は勉強について面白いほどやる気がなかったので成績はよろしくありませんでしたが

 

周りから見れば私は姉の劣化コピーみたいなもんです

 

ただ、今回話したいのは劣化コピー故のコンプレックスだとか、そういった事ではありません(そこらへんについてはまたいつか)

 

周りに言われてとか、周りの真似をしてとか、当時の自分は自分を持っていませんでした。

少なくとも学校生活においては。

 

そういえば小2の頃、図工の授業で「将来の夢」を絵にかけと言われた時には

隣の女の子の絵を真似して警察官を描いていました。

 

模写や自画像といった描く対象が前にあるものは描けるのですが、想像を膨らませて何かを描く事はできませんでした。

 

幼少からこうした兆候はあったみたいです。

 

さて、時間を中学校時代に戻しますが

 

それでも私の中身は小2と全く変わらなかったわけです

 

学級委員をやってクラスを良くしたい!とかそういったことは頭になく

 

 

当時の姉が3年間学級委員をやっていた↓

 

「校則を守れ」みたいな当たり前の事をやるだけだし仕事が楽だと言われる↓

 

確かにそうだなと思い立候補する

 

 

といった流れで始めただけの事です

 

しかし仕事に関しては一応ちゃんとこなしていたので先生方からの評判は良かったと思います

 

逆に多少ヤンチャしている人達にとってはウザい存在だったはずです

 

(漫画やお菓子などの持ち込み禁止のものを指差して注意する人に好意を持つ不良なんているのか?)

 

 

このようにコテコテの真面目くんだった私ですが、ここで問題なのは

 

「校則は守る」

「逆に校則を守らない人に注意をする」

 

こうした正義感?の根底にあるのが、歪な「アタリマエ」であったことです

 

「校則を守る理由?校則は守るものでしょ?」

「校則を破ってはいけない理由?ダメなものはダメでしょ」

 

思考停止して自身のアタリマエに基づいて正義を行使する自分は、そこらの不良よりもよっぽどタチが悪い存在だったでしょう。

 

一見優等生の自分は先生方から何かを言われるでもなく、見えない免罪符を手に暴走しかけていたわけです

 

現実にこうした正義感がエスカレートした事はありませんでしたが、一歩間違えれば何かあってもおかしくない状況でした

 

 

「悪い事は普通やらない。」

 

多くの人はアタリマエによって悪徳を抑制し、美徳を促進させます

 

しかしそのアタリマエが無意識のうちに周りを傷付ける可能性を考慮しなければなりません

 

いつかは自分のアタリマエと向き合わなければいけません

 

幸運な事に私の場合は中学のうちにソレと向き合うことができました

 

それはマイケル・サンデル氏の『これからの「正義」の話をしよう』がきっかけです

 

多感な時期であったというのもあったでしょうが、中学生の自分にとって

 

「正義」という一見絶対的な言葉がいかに曖昧で多種多様であるかを知った時は衝撃でした

 

アタリマエを自覚した瞬間です

 

これをきっかけに哲学にのめり込むとか、そういった事はありませんでした

 

しかしこの時が人生の大きな転換点だったと思っています

 

 

長々と話してきましたが

 

「アタリマエだと思っていることへ目を向けてみるのって大切だよね」

 

結局のところこれが言いたかっただけです

 

善人にも悪人にもなり得る曖昧な価値観に無自覚だと危ないですよ(経験談